ぐんにゃり備忘録

アイドルを愛するその日暮らし

思ったことを書き散らかしてみたら意味がわかんない文になったという話

わたしは期待をするのが好きじゃない。なぜかというと、期待をしてしまって期待通りにいかなかったときにものすごくがっかりしてしまうからだ。

そもそも期待はこちらが勝手にしていることなので、期待通りにいかなくてもそれは勝手に期待したお前が悪いよっていうことになる。がっかりして責められてもそれはお門違いだぜベイビーといわれたらそれまでだ。ほんとにそう思う。勝手に期待して、勝手に盛り上がって、勝手にがっかりして、勝手に怒っているのだ。期待をしてくれなんて向こうは微塵も思ってないのに。

でも期待せざるを得ないときだってある。期待してしまうことはたくさんある。でも思ったとおりじゃなかったときには勝手ながっかり感でしょんぼりしてしまう。

それがもしかしたら誰か人を息苦しくさせてるのかもしれないと思う。別にそんなことしたくないのに。

だから期待はあんまりしたくないし、するのも好きじゃない。でもしてしまうしがっかりもするし期待通りだったら喜ぶ。そういう繰り返しで生きている。

期待してもらっていいよって言われても、するのが怖い。自分が思うほどそうでもなかったら?勝手に期待したくせに勝手にがっかりしちゃって対象を傷つけるかもしれない。というかわたしは単純なのですぐ喜ぶしすぐ怒るしすぐ悲しくなる。そういうので誰かを傷つけたことがたくさんある(と思う)。

なるべくそういうことで人を傷つけたくなくて、だからわたしは今日も過大な期待をしないように気をつけて暮らす。けれど、きっとまた簡単に期待をしてしまうのだろう。

わたしの期待が誰にとっての重荷にもならないといいなと思う。もっと大きい話をすると、わたしの好きなひとたちに、わたしの存在は毒にも薬にもならないような、なんでもないものになるといいなとここ何年かはすごく思っている。それはテレビの向こうに生きてる、かわいくていとおしくて大好きなあの子たちについても、そうだ。こういう関係性な以上、こっちなんてお金払うくらいしか能がないんだから。あの子たちが重苦しく感じないように見守りたいけど、なかなか難しいのだなあそれは。たくさんしあわせになってほしいけどそれだって多分期待の一種なんだよねえ。ごめんねって思うよ。